IT・システム開発における受託者(ユーザー)からのカスハラへの委託者(ベンダー)が講じるべき対策とは?仕様外の過度な要求への法的拒絶と損害賠償リスクを弁護士が解説

本コラムでは、IT・システム開発業界において深刻化するカスタマーハラスメント(カスハラ)の実態と、ベンダー(受託者)が講じるべき法的対策を解説します。

システム開発現場では、ユーザー(委託者)からの仕様外の過度な要求や、威圧的な言動が労働者の就業環境を著しく阻害する事例が散見されます。カスハラとは、顧客等からのクレーム・言動のうち、要求内容の妥当性や手段・態様が社会通念上不相当なものを指します。特に2025年6月の労働施策総合推進法改正により、事業主にはカスハラ防止のための雇用管理上の措置が義務付けられることとなりました(2026年10月1日施行予定)。

ベンダー企業は、自社の従業員を守るため、そしてプロジェクトの頓挫を防ぐために、適切な判断基準の策定と組織的な対応体制の整備が急務となっています。本記事を通じて、法的根拠に基づいた毅然とした対応と、損害賠償リスクを回避するためのポイントを確認していきます。

▼カスハラから守るための対応についてはこちら▼

カスタマー・ハラスメントから従業員と会社を守るための対応とは?弁護士が重要ポイントを解説!

1 IT企業でよくあるカスタマーハラスメントを弁護士が解説!

IT・システム開発の現場では、委託者であるユーザーと受託者であるベンダーとの間で、業務の範囲(スコープ)をめぐるトラブルが絶えません。IT企業における典型的なカスハラ事例として、企業が提供するサービスに欠陥がないにもかかわらず、従業員に対して執拗な言いがかりをつけたり、威圧的な言動を繰り返したりする行為が挙げられます。具体的には、「暴言や中傷、脅迫といった精神的な攻撃」「土下座の要求」「差別的な言動」などが該当します。また、システム開発特有の事象として、仕様にないのに「タダでやって」、「今夜中に直して。できないなら損害賠償だ」、「担当者を替えろ、社長が謝りに来い」など、契約段階で想定されていた開発規模を超える「仕様外の過度な要求」を、追加費用なしで強行しようとする行為等も問題となります。これは、取適法が禁ずる「度を超えた値引きや納期の要求」や「高圧的な態度」とも密接に関連しており、労働者がメンタル不調をきたす一因となっています。

IT・システム開発では特有の「火種」があります。第一に成果物が無形でイメージ差が生じやすいこと、第二に開発途中で仕様が変わりやすいこと、第三に障害対応やリリース直前など時間的制約が強く、相手が「今すぐ」を盾にしがちなことです。たとえば、契約上は「要件定義が確定した範囲」を成果物とするのに、口頭で増えた要望を「当然入っている」と言われ、断ると「契約不履行だ」と攻め立てられる、という構図です。

裁判例によれば、ソフトウェアの具体的な仕様が決定されていない段階で、契約金額の範囲を明らかに超える機能追加を要求された場合、ベンダーにはその開発を行う義務はないと判断されています。また、ユーザーが仕様凍結合意後(これ以上の変更を行わないという約束の後)に繰り返し追加変更を要求し、必要なデータの提供を怠ったことが原因で開発が頓挫した場合、ユーザー側の「協力義務違反」として債務不履行責任(契約上の義務を果たさない責任)が問われることもあります。

一方で、ベンダー側も「プロジェクト・マネジメント義務」を負っており、ユーザーの判断に資する説明や提言を怠り、不可能な納期や費用で強行した場合には義務違反を問われるリスクがあるため注意が必要です。

2 IT企業が行うべきカスタマーハラスメントに対する対応とは?

IT企業がカスハラに遭遇した際、まず重要なのは「組織としての毅然とした対応」です。会社は従業員に対し、安全配慮義務(労働契約法5条)を負っており、労働者が心身の健康を確保しつつ働けるよう配慮しなければなりません。これには、職場環境調整義務として、パワハラやカスハラから従業員を守る義務が含まれます。もし対応が不十分な場合、従業員から会社に対して「債務不履行責任」や「不法行為責任」を追及されるリスクが生じます。

具体的な対応としては、まず「基本方針・基本姿勢」を明確に定め、従業員に周知し、外部にも公表することが有効です。また、実際の被害が発生した場合には、事実関係を迅速に確認し、悪質性が高いと判断される事案については、その場での対応を打ち切り、必要に応じて弁護士や(極めて悪質な場合には)警察と連携して法的措置を検討すべきです。

現場レベルでの対応としては、厚生労働省等のガイドラインが示す「毅然とした対応」が参考になります。

第一に、不当な要求には「対応できない」とハッキリ否定し、非がない場合は不必要に謝罪しないこと(明言する)。

第二に、繰り返しの要求や長時間の拘束が続く場合は、30分程度を目安に対応を打ち切ったり、退去を求めたりすること(お引き取りいただく)。

第三に、執拗な問い合わせが繰り返される場合は、一定回数(例:3回目)を限度に対応を打ち切る旨を伝えること(繰り返させない)が挙げられます。

現場レベルでの対応としては、担当者一人に抱え込ませず、必ず上司や専門部署が介入する体制を構築することが、従業員の精神的ストレスを軽減し、通常の業務を維持するために不可欠です。なお、セクシュアル・ハラスメントや妊娠、出産、育児等などを理由とするマタニティ・ハラスメントに該当する言動が顧客からあった場合、男女雇用機会均等法に基づき、事業主には必要な相談体制や被害対応を行う「雇用管理上の措置義務」が課されている点も留意が必要です。

3 カスタマーハラスメントとなる判断基準について

何が「正当なクレーム」で、何が「カスハラ」なのか、その境界線を見極める基準を知ることは対策の第一歩です。

厚生労働省の定義によれば、カスハラとは、①顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の事業主の行う事業に関係を有する者が行う、②社会通念上許容される範囲を超えた言動により、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの3つの要素を全て満たすものをいいます。ここでの「顧客等」には、現在の取引先だけでなく、将来利用する可能性がある「潜在的な顧客」も含まれます。また、手段や態様については、言動の内容が契約内容に照らして妥当であっても、その伝え方が暴力、脅迫、ひどい暴言、長時間の拘束、あるいは土下座の要求といった悪質なものであれば、社会通念上不相当と判断されます。

IT業界特有の判断基準として重要になるのが、「要求内容の妥当性」です。例えば、システムに明らかな「瑕疵(かし:本来備えるべき機能の欠陥)」がある場合、その修正を求めることは正当な要求です。しかし、契約時の仕様に含まれていない機能の追加を「当然の権利」として無償で強要したり、不正確な情報をベンダーに伝えていたにもかかわらずその責任を転嫁したりする行為は、妥当性を欠く可能性が高まります。

裁判例でも、システム導入の前提となる業務実態の正確な情報をユーザーが提供しなかった場合、構築されたシステムが業務に適合しなくてもベンダーの責任とはいえないと示されています。したがって、契約書や仕様書に基づいた合理的な範囲を超え、かつその態様が威圧的であったり、過度な精神的苦痛を伴ったりする場合には、明確にカスハラとして認定すべき事案といえます。

4 具体的な対策のガイドラインの作り方とは?

上述のとおり、2025年6月の労働施策総合推進法の改正により、事業主にはカスハラ防止のための「雇用管理上必要な措置」を講ずることが義務付けられました。施行は公布から1年6か月以内(2026年10月1日)とされており、企業には体制整備が求められています。

具体的なガイドライン(マニュアル)作成のステップは以下の通りです。

まず、「事業主の方針等の明確化」として、カスハラは一切許さないという企業の姿勢を就業規則等で規定し、従業員や取引先に周知・啓発します。

次に、「相談体制の整備」として、上司や職場内の担当者など、相談を受けた者が適切に対応できる窓口をあらかじめ定めます。この際、相談者が二次被害を受けないような配慮も必要です。

さらに、「発生後の迅速かつ適切な対応」のための手順をマニュアル化します。これには、事実確認の方法、被害者への配慮、再発防止策の策定が含まれます。

また、厚生労働省の企業マニュアルも、方針の周知、相談体制、対応手順、被害者配慮、再発防止などの枠組みを示しており、これを自社用に落とし込むのが近道です。

線引き例

  • レベル0:通常クレーム(事実確認→改善)
  • レベル1:過度要求の兆候(窓口一本化、追加見積り提示)
  • レベル2:カスハラ疑い(録音・議事録必須、複数名対応、期限を区切って文書回答)
  • レベル3:悪質(対応打切り通知、出禁・取引停止検討、警察・弁護士連携)

変更管理の明文化例

  • 追加・変更は「変更依頼書」起点
  • 影響分析(工数、費用、納期、品質、体制)
  • 追加契約(覚書)締結後に着手
  • 緊急対応の場合のみ、暫定合意(メール)+後追い契約

また、IT企業のガイドラインにおいては、プロジェクト管理上のルールとの整合性を持たせることが肝要です。

例えば、

  • 「仕様外の要求」については、必ず書面または電子記録で残し、追加費用の発生について速やかに協議するフローを設ける。ここでいう記録とは、メール・チャット・議事録・通話録音(社内規程に沿って)を残し、「いつ・誰が・何を・どこまで合意したか」を固定することをいいます。
  • 打ち合わせの録音・録画や、複数人での対応をルール化する。現場メンバー個人に直接要求させず、PM/法務/管理職にエスカレーションする導線を作ることが考えられます。
  • 万が一、深刻なカスハラが発生した場合には、プロジェクトを一時中断または中止する判断基準(エスカレーション基準)を設ける。

といったことが考えられます。

なお、裁判例では、ベンダー側の説明義務違反が問われた事例もあり、透明性の高いコミュニケーションを維持しつつ、不当な要求には組織として対処する姿勢をガイドラインで示すことが重要です。

5 IT企業におけるカスハラ問題でお悩みの方は至高法律事務所まで

カスタマーハラスメントへの対策は、もはや企業の努力目標ではなく、避けては通れない「法的義務」となりました。IT業界においては、技術的な複雑さからユーザーとの認識相違が生じやすく、それがカスハラに発展するリスクが常に潜んでいます。対策が不十分であれば、貴重なエンジニアの離職を招くだけでなく、会社としての安全配慮義務違反を問われ、多額の賠償責任を負う可能性も否定できません。

また、損害賠償額の制限条項(個別契約金額の範囲内とする等)を設けていても、故意や重過失がある場合には適用されないとする裁判例もあり、リスク管理の徹底が求められます。

当事務所では、IT企業の皆様が抱えるカスハラ問題に対し、以下のサポートを提供しております。

まず、最新の法改正(労働施策総合推進法)に準拠した「カスタマーハラスメント対策基本方針」および「対応マニュアル」の策定を支援します。

また、具体的なトラブルが発生した際の「代理人としての交渉」や、不当な要求に対する「法的拒絶」の助言、さらには損害賠償リスクを最小限に抑えるための「契約書のリーガルチェック」まで、幅広く対応いたします。

専門家である弁護士が介入することで、悪質な要求を早期に遮断し、プロジェクトの正常な進行と従業員のメンタルヘルスを守ることが可能です。

カスハラは初期対応が肝心です。少しでも不安を感じられたら、至高法律事務所へぜひご相談ください。貴社の持続的な成長と、従業員の皆様の安心な職場環境を、法律の力で全力で守り抜きます。


この記事の執筆者:至高法律事務所
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